大失態

私はがん細胞の正常細胞への分化に伴うがん遺伝子の発現状態の変化を突き止めたことで、またまた有頂天になった。

それを研究所の中で発表すると、皆、面白いと言ってくれた。

まさにそれは私が自分自身の発想で行ったことだった。だから、論文を書いても私自身が筆頭著者になれるぞ。そんなことまで考えた。

 

だが、その幸せな気持ちは長くは続かなかった。

それから約1か月後、Natureの巻頭に掲載された論文を見て私はあっと声を上げた。

私がやっている実験と同じ実験が、海外のグループにより成し遂げられていた。

しかもそのグループは、私のようにmyc遺伝子とras遺伝子だけではなく、他の、当時がん遺伝子の可能性があったさまざまな遺伝子の発現状態を調べていたのだ。

私は、負けた、と思った。私の成果は無に帰したのである。

 

私は仕方なく、別の実験に取り組むことにした。

それはこれまでと全く違う方法によって新たながん遺伝子を見つけようとするものだった。

それを話すと複雑なので、ここでの説明は省略する。

私はしゃかりきになってその課題に取り組んだ。

だが、焦ってやればやるほど空回りした。成果は一向に出なかった。

すでに修士の2年目の夏を迎えつつあった。

 

そんな時、私は大失態を演じたのである。超高速遠心分離器を壊したのだ。

私の実験には、大腸菌に入れた組換えDNA分子を分離するという過程が必要だった。

そのためには組換えDNA分子とそうでない分子を分離する作業が必要で、そのために超高速遠心分離機を使う必要があったのだ。

私はその日、徹夜で実験していた。そして明け方に遠心分離器に試料をセットした。

ところが、セットしてスイッチを入れると、ガタガタガタッという大きな音がして遠心分離機が止まった。

私が何とか機械の蓋を開けると、試料が下に落ちていた。どうやら遠心分離器に試料をセットするときに、試料を不十分な状況で設置したのが原因だった。

私は青ざめた。何とかならないか。

私は、あろうことか、そこでとんでもない行動に出た。

すなわち、その壊れた遠心分離器を、自分自身で直そうとしたのだ。

 

ところが、そこに私の研究室のボスのN先生が入ってきた。

私は絶体絶命のピンチに陥った。