がんの研究を始める

私は晴れて大学院生になり、ある研究室に所属した。

私がその研究室を選んだのは真核細胞を用いた分化の研究をやっているからだった。だから老化にも大いに関係していると思ったのだ。

進学先の指導教官は、当時は人気の雑誌 「週刊プレイボーイ」でも対談を行う等、有名な先生だったが、その先生は私にこう言った。

「君がまさか受かるとは思わなかった。私の研究室で研究したいと思う者はたくさんいて、中でもある優秀な学生が落ちたのは残念だったが。」

まるで私が受かったためにその人が落ちたような言い方だった。

だから私は、どうしても頑張ってやるぞという気持ちが強くなった。

 

すると先生は、私に意外なことを言った。

「君をある研究所に出向させる。そこがんの研究を行っているところだ。そこでいろいろな知識やノウハウを身につけてきてくれ。」

体よい厄介払いかとも思った。だが、がんの研究、と聞いて、私は心を躍らせた。

がんは細胞が細胞間の規制を逃れてどんどん増殖していく。いわば不死のようなものだ。

がんの研究を極めれば、もしかしたら、私の願いである不老不死の手掛かりを得られるのではと思ったのだ。

 

そうして、その研究所で私は研究を開始することになった。

私の所属したその研究所の研究室の長N先生は、とても著名な先生だった。かつてN先生が米国で筆頭著者になって行った研究で、ノーベル賞が生まれた。だからN先生はノーベル賞をもらってもおかしくないような実績の持ち主だった。

さらに、その下で働いていたS先生は、米国に渡ってがん遺伝子の探索方法を身につけてきた先生で、このS先生が私の指導教官になった。

今では「がん遺伝子」は誰でも知っているが、その当時は、まだがんが遺伝子変異で起こるのか否か自体が問題になっていたころだった。

その頃、3つのグループが別々の方法で、細胞系を用いて、あるがんの原因遺伝子がrasという遺伝子のうちの文字(塩基)の変異によって起こることを発見して大騒ぎになった。

S先生は、これと同じ手法を用いて、新しいがん遺伝子を発見しようとしていたのだ。

私はわくわくしてきた。