10分間勉強法!

11月になって、私の勉強はフル稼働し始めた。

 

(医学部受験)

・古文 板野ゴロゴ古文読解(1章ずつ読む)

・漢文 板野ゴロゴ漢文、一問一答(2pずつ読む)

・地理 村瀬地理、瀬川センター試験地理(センター試験過去問をやり関連部分を読む)

・数学 数学(ⅠA、ⅡB、Ⅲ)(カード式勉強)

・化学 大宮(理論、無機、有機)、センター試験が面白いほどよくわかる(カード式勉強)

・物理 漆原(力学、波動、電磁気)(カード式勉強)

 

司法試験予備試験

憲法 公務員試験用問題集(関連個所を寺本、郷原で復習)

民法 寺本、郷原(1単元ずつ読む)

・刑法 公務員試験用問題集(郷原で復習)

行政法 寺本、郷原(1単元ずつ読む)

・商法 柴田(1単元ずつ読む)

民事訴訟法 伊藤(1単元ずつ読む)

刑事訴訟法 伊藤(1単元ずつ読む)

 

結構しんどい。当初は30分ずつやっていたが、次第に進まなくなってきた。

これら13科目を全部30分ずつやると1日6.5時間かかる格好である。

 

がんばって朝早くからやろうと、めちゃくちゃ早く起きた(4時頃)。

そして少し休憩を入れ、5科目すませた。

通勤の行きには1科目、昼食時に1科目、通勤帰りには3科目をやった。

そして家に帰ってから3科目やった。

(通勤の行きに少ないのは新聞を読むため)

 

・・・・しかし、これは最も効率的に進んだ時の勉強時間だった。

当然、仕事で残業が入ったり、また逆に早くから行かないといけない時もあった。

すると科目数が減少した。半分も終わらない日も出てきた。

 

人間の性だろうか、1回、まあいいやと思ってやるのをやめる科目ができると、癖になってしまう。

そして、その科目はしばらく御無沙汰してしまう。そうなるとその科目だけ大きく遅れるのだ。

何とかならないか?

 

そして、私が編み出したのは「10分間勉強法」。

すなわち、各科目、どんなに忙しくても、必ず毎日やることにするのだ。

10分でも、1pは読むことができる。逆に、10分しかないと思えば、いきおい集中できる。

そうして、その10分で、1問だけ問題を解くとかしておけば、次の日も続けていける。

遅々としているが、ストップするよりは、そうして少しずつでも前に、前に進むという気持ちを維持していけばいい。

さすれば、慣性の法則によりなんとか続けていけた。最低、10×13=130分すなわち1日2時間余りの勉強でも、まあよしというところか。

 

私はフィギュアスケートの金メダリスト♪♪

今回のグランプリシリーズでの羽生選手はまた一段と凄みを増した。

 
ショートでの最高点、そしてケガをして臨んだフリーでも、ぶっつけ本番でプログラムを変えたにもかかわらず、そつなくこなして圧倒的に勝利した。

 
よくぞ、この世の中にフィギュアスケートという種目ができ、またその申し子のような羽生選手が、宿命ともいうべき競技をまだ小さい頃に見出すことができたと、その奇跡的な出会いに賛辞を送りたい。

 

さて、フィギュアスケートが話題になると、いつも思い出すことがある。

 
今から10年以上前、私が欧州のある国の国際機関で働いていた時の話だ。

 
家族を連れて同地に赴任していた私は、当初、家を借りたり、子供を学校に入れたり、車を買ったり、銀行口座を開設したりと、いろいろな手続きに大わらわだった。

 
そんな手続きの1つに、保険への加入があった。

 
まず健康保険。国民皆保険の日本では、勤めていれば保険料が給料から自動的に引き落とされる。しかし当地では自分で何かの保険に加入しなければ高い医療費を払わされてしまう。

 
だが何とかそれは、そこの職員皆が加入している特別の保険に入ることで片が付いた。

  

 

次にやったのが自動車保険への加入。これは同国際機関に出入りしている保険業者が何社かあるようなので、そのうち1社からから話を聞くことにした。

 
担当してくれたのは、中年の女の人だった。

 
彼女は保険の説明を大雑把にしてくれた。

 
でも、ちょっと高いなあと思った。まあ健康保険料も当地では高かったので(家族の分を含めて7〜8万円もした)、自動車保険も高いのかなあと漠然と思った。

 
私がちょっとためらっている素振りを見せると、その人は私に言った。

 
「貴方は日本から来たのか。私は日本にかつて行ったことがある。30年ほど前のことだが。」

  

 

私はてっきり、その女の人が、日本への旅行の話をし始めるのかと思った。

 
30年前というと1970年代だ。その頃にかの国から日本旅行をするなど、この保険屋さんはきっと家が裕福だったにちがいないと思った。

 
すると、彼女はなぜか感慨深げに、遠くを見るような目をするのだ。

 
「日本、ああ日本。日本の人たちは皆優しかった。私はオリンピックに行ったのよ。」

 
へっ、オリンピック・・・・そういえば、当時、札幌オリンピックが開催されていた。日の丸飛行隊がジャンプで金銀銅を独占したのをぼんやり覚えている。

 
「へえ、そうですか。オリンピックを見に行かれたのですか。よかったですね。」と私が言うと、女の人は首を左右に振った。

 
「いや違う、私は選手としてオリンピックに出場したんだ。」

  

 

私はちょっと驚いた。そういやあ、中年になっているとはいえ、この人は、やけに筋肉がしっかりついていて体格がいい。

 
そうか、オーストリアはスキーなど、冬のスポーツが盛んだ。きっとそれで選ばれてオリンピックに出たんだろう。

 
そう思いつつ、私は何の競技か尋ねた。しかし彼女の返事を聞いて、私は自分の耳を疑った。

 
フィギュアスケートだ。金メダルを取った。」

  

 

・・・・私は思い出した。1972年に開催された札幌オリンピックで女子のフィギュアが日本人に大人気を博したのを。

 
妖精のように可愛いらしい米国のジャネット・リン選手が可憐なジャンプと舞を見せ、日本中の人が彼女を我が恋人のように見守ったのを。

 
その時、ジャネット・リン選手は銅メダルだった。だが確か、金メダルを取ったのはごつごつした選手だった・・・・。

 
まさにその人が私の目の前にいるのだ。荒川選手や羽生選手がいきなり自分のところに保険の勧誘にやって来たことを想像してみたらよいだろう。

 
彼女は、一応その国のフィギュアスケート協会の役員をしているとのこと。しかし、それだけでは収入が少なく、保険の仕事もして生計を立てていると。

  

 

現在、フィギュアスケートは、ロシア、日本、アメリカ、カナダ等に優秀な選手が集中している。

 
欧州はと言うと、フェルナンデス選手やコストナー選手等、目ぼしい選手が何人かいるだけだ(私の知識不足かもしれないが)。

 
平昌オリンピックも欧州時間に合うように配慮されたスキー競技と異なり、フィギュアは先方の深夜に当たる午前中から行われていた。

 
そう、それほど欧州ではフィギュアは人気がないのだ。同国のような小国ではなおさら・・・・。

 
だから、保険の外交員で食いつないでいかねばならない。

  

 

フィギュアスケートをやるには馬鹿にならないようなお金がかかる。衣装代、レッスン代、海外遠征の旅費・・・・

 
でも、日本のフィギュア選手は、幸せだと思う。ものすごく注目され、グランプリシリーズも毎回放映されるようになった。

 
そしてたとえメダルを獲得できずに引退したとしても、マスメディアから引っ張りだこだ。

 
まっそれは一部の上位選手に限られはするが、それでも、保険外交員で生計を立てているフィギュアの金メダリストというのは、今の日本では想像できない。

  

 

思うに、人の価値観は絶対ではない。たとえどんなにすごい選手がいても、そもそもその競技自体が注目されていなければ関心は集まらない。

 
人によって価値観が違うように、人の集団である国でも価値観が違う。民族によっても違う。

 
フィギュアスケートに関心のない国では、日本の熱狂ぶりが分からないだろう。

 
そもそもフィギュアスケートであれ、カーリングであれ、そうした競技の存在自体が絶対的でなく、たまたま何らかの形で生まれ、そしてたまたまその才能を持つ選手が活躍できたということだろうから。

 
(まっ羽生選手の場合はあの集中力と才能があれば何をやっても成功しそうな気がするが。)

  

 

その女の人は、私が保険に入ろうかどうかなおも迷っていると、私に顔を近づけてこう言った。

 
「人間は決めるときは思い切りが肝心だよ。ガッツできめるんだ。」

 
金メダリストの迫力に負け、私はその保険加入を余儀なくされたのだった。

10月の終わりの状況(その2)

さて、10月の終わりの司法試験予備試験の勉強の状況であるが・・・驚くほど進んでいなかった。

 

9月の終わりの段階では、刑法と憲法の2科目については、最初取り組んでいた本を読み終えていた。だが、理解は圧倒的に不足していた。

だから、それぞれ、インターネットの無料講座を聴いたり、公務員試験用の問題をしたりして、順次、ソフトランディングを図ろうとしていた。

だが、それは実は、あまり進まなかった。やるべき科目数が多すぎるからだった。

 

10月初めの段階で、憲法行政法民法、刑法、民事訴訟法の5科目をやっていた。

だがあと2科目(商法、刑事訴訟法)はまだ開始していなかった。

しかし、どうしても、10月中にはこれら残り科目も開始したかった。

そのため、手っ取り早く終わらせることができそうな、ページ数の少ない民事訴訟法をちょっと余分に読み進めた。

(実は読んでいてもほとんど覚えることができなかったが。)

 

そして、10月の末には民事訴訟法を読み終えた。

その後は、商法と刑事訴訟法も始めることにした。

参考書は、相変わらず、ブックオフ仕入れたもの(200円)にした。

・商法:柴田のS式生講義 商法(柴田孝之)

民事訴訟法:ファーストトラックシリーズ 刑事訴訟法伊藤真

これらが特に優れていたから買ったというわけではない。単に、ブックオフには刑事訴訟法民事訴訟法、商法の参考書が置いていなかったというだけの話だ。

まっ、しかし、この2つの本、特に刑事訴訟法の本はひどく分かりやすいと感じた。

そして読み始めたのだ。

 

とうとう司法試験の勉強科目数は7科目になった。しかし、いくら1科目30分だとと言っても、7科目やると3時間半になる。

それだけならともかく、まだ私は他に医学部の受験勉強をしなければならない。しかも医学部用の勉強科目も増えている。

勉強時間が何時間あっても足りない・・・・真剣に悩み始はじめた。

 

10月の終わりの状況(その1)

10月になり、センター試験の願書を提出した後も、引き続き勉強を続けた。

日に日に涼しくなり、だんだん過ごしやすくなってきた。ただし、勉強の調子がぐっと上がるかというと、そうでもなかった。

 

若い人の場合、急に視野が拓け、理解が進み、成績がぐっと伸びるということはあるかもしれない。

私の場合もそうだった。大学院の浪人をしていた時、当初はまったくダメで、東大理ⅠすらE判定だった。

だが、何度か模試を受けているうちに、頭の働きがすごくよくなるのを感じた。そして最後は理Ⅲで2回続けてA判定が取れた。

 

ところが・・・・今はそのような才能のきらめきなど、ひとかけらも感じない。

相変わらずなのである。8月始め頃に数学も化学も物理もパラパラ方式にしていたが、10月始めの段階ではやっと1通り終わったところだった。物理は途中で問題をなくすというミスを犯したため、まだほとんど回っていないなかった。

4~7月で1通りは読んでいたので通算ではこれで2回通り目になるが、その段階でも分からないものはまるで分っていなかった。まるきり初めての問題のように感じていた。

若い頃だったら2回やればほとんど理解できていたものを、今では2回読んでも、初めての問題のように感じてしまう。

ただ、答えを見ずに解くことができた問題は束の中から抜いて袋に入れていった。

その数は数枚と少ないものの、毎日それを繰り返していると、だんだんできた問題の山が増え、できない問題の山が減っていくのが分かった。ちょっと嬉しかった。

10月末では、だいたいパラパラとしては2回目、通算で3回目を終えた。すると、数学も化学も、まだできていない束は当初の半分ほどになった。そうなるとますますやりやすくなった。

ただし、物理はやっと1回目が終わった。

 

地理は、毎日センター試験の過去問を1問か2問ずつやり、村瀬の参考書で関連したところを読んでいくというやり方が功を奏した。

同じ単元が問題に使われるところも次第にちらほら出てきた。このため村瀬の参考書も通算で4度目くらい読んだところも出てきた。

すると、否応なしにポイントのところは頭に入ってくる。もしかしたら、地理だけはまあまあよい成績が取れるのではないかと思えてきた。

10月末には、今の状態で6割くらいは取れるのではないかという気がした。1度もセンターの模試はやっていなかったが。だが、まだまだ医学部合格には及ばない。

 

古文は、単語を毎日覚えていた。ぷっと吹き出しつつゴロを覚えた。

ある時駅で電車を待ちながら単語めくりをやっていて、手を滑らせて地面一面にカードをまき散らしてしまった。

時間帯が悪かった。そこには高校生たちも電車を待っていた。

私がせわしげに拾い集めるのを見て、皆にやにやしながらひそひそ話をしているのが分かった。

「何このおっさん、なんで板野のゴロゴなんてやってんの??きもっ!」

たぶんそんなところだろう。でも私はめげない。

通勤での歩きを利用して覚えたせいか、リズミカルに覚えることができ、この古文単語は10月中に終わらせることができた。

 

古文は続けて板野の「古文読解ゴロゴ」というのをやることにした。

徒然草枕草子源氏物語等1つ1つ、読み解きながら、単語や文法のポイントを解説してくれる。

特に、単語は「古文単語のゴロゴ」をそのまま使って解説していて復習にもなり、1日に1単元20分くらいで終わらせることができるのはちょうどよかった。

 

漢文は、2つの参考書を問題を解きつつ進めていた。まあこれらも何となくセンターまでには終わらせられそうな気がしてきた。

そうして、医学部受験については、まあまあ、なんとか受ける資格ぐらいはできるかなあということを、10月終わりの時点では感じていた。

 

ただし・・・・問題なのは司法試験の予備試験だった。(以下次回)

いつか不老不死になれる?

今日、家を出がけにテレビを見ていると、外国で顔面移植をした少女の話がニュースになっていた。

ちらりと見ただけだったので正確ではないが、だいたい以下のような話。

 

その少女は思い悩むことがあり、自殺を図ろうとして自分の顔を正面からピストルで撃った。

(あいにく?)弾は脳に達さず、その少女の命は助かった。

その代わり、その少女の顔の真ん中には大穴が開いた。鼻はなくなり、顔全体が陥没した。もとは可愛い顔をしていたのに、顔面崩壊で人間とは思えぬ容貌になった。

 

少女は再び生きようと決意したが、こんな顔では人前に出られない。人間には見えないのである。彼女も、またそれ以上に彼女の両親も思い悩んだ。

そして、両親は娘に顔面の移植手術をしてもらうことを希望した。つまり、臓器移植と同様に、死んだ人(脳死でなくてもよい?)から顔面そのものを譲り受けるのである。

何人かドナー候補がいたが、3番目のドナーがうまく適合した。

大がかりな手術チームが組まれた。そして長時間の手術の後、少女は再び、人間らしい顔を取り戻した。

 

・・・・こんな話である。出勤前だったのでじっくり見られなかったのが残念ではあるが。

 

需要が多いからか、美容整形の進歩はすごい。どんな部分でも、自在に作りかえることができるようになりつつある。

最大手であるTクリニックの院長など、私は学生時代(今から30年以上前)から知っているが、その頃よりも若返っている感じだ。

そして、韓国などは特にそうだが、日本でもプチ整形をして、それを当たり前のように公表する人も増えてきた。普通の医療になっている。(言い過ぎか?)

 

医学はどんどん発達している。将来的には、他人の顔を借りなくても、自分自身の顔を元通りに作りなおすことも可能になるに違いない。

最近、山中先生の樹立したiPS細胞は、実用化を目指す段階に移行している。ただその用い方としては、疾病に関するものが中心になっている。当然だろう。

だが将来的に、整形外科や形成外科の分野での需要は大きいかもしれない。損なわれたものを自分自身の細胞を用いて元通りにするのである。

美容整形の世界では、自分の好みの顔のパーツ等を、自分の細胞を用いて作り、元のパーツと入れ替えるのが当たり前になるかもしれない。

 

鼻や耳などを人工的に細胞を分裂させて一から作り上げるのは難しい。(以下、少し専門的な話になるが御容赦を。)

一層の細胞として、またはかたまった細胞として、または食道のような単純な構造はできるかもしれない。だが臓器や器官はとても複雑である。

最近は幹細胞を用いてオルガノイドと呼ばれる、器官の機能を持つ小型の細胞の塊を作る研究も盛んだが、実際にはそれを形のある大きな臓器や器官に作り上げるのは難しい。

 

私がかつて見たのはSTAP細胞の小保方さんの留学先のバカンティ教授の研究室で作られた、ヒトの耳を背中に背負ったマウスだった。異様な格好をしていた。

ただ、それは単に外部でヒトの耳の形に作った金型に軟骨細胞を撒いて、それをマウスの背中に移植したもので、耳としての機能を持つものではなかった。、

 

本物の耳や鼻を作り上げるには、一番の近道としては、いわゆる「動物工場」を利用するしかない。

動物工場とは、特定の臓器を作る遺伝子が欠けた動物の胚(このためその胚から子供は生まれない)に、ヒトのES細胞又はiPS細胞(その特定の遺伝子は健全)を移植する。

それによって、欠けた動物の胚の機能をヒトのES細胞やiPS細胞が補って発生・分化を続け、そうして生まれた動物は、その臓器だけがヒトの臓器に置き換わっているのである。

これなら、耳なら耳、鼻なら鼻の遺伝子が欠けたブタの胚を使って、ヒトの耳や鼻を作ればよい。

だがそんな特定の臓器や器官のみで働き、それが欠ければ生まれてこないような都合のよい遺伝子をそれぞれの臓器・器官毎に見つけるのは大変だ。

実際に現在見つかっているのは膵臓の遺伝子しかない(と思う)。

 

私は知らなかったが、東大と京大の合同研究チームはもっと実用に近いことをした。

彼らはまず、iPS細胞から軟骨細胞を作った。そして、その軟骨細胞を、人間の耳の形になるように形成したチューブ(体内で溶けるもの)に入れた。それをマウスの皮下に移植したのだ。

すると、移植されたチューブはマウスの体の中でゆっくりと溶け出す。そして、注入されていた軟骨細胞だけが残り、それらは融合する。

そうして、2カ月ほどでほぼ実物大の「耳介軟骨」ができあがったそうだ。先のバカンティマウスより移植に一歩も二歩も近づいたと言ってよいだろう。

 

一方、英国のロンドン大学では最近、患者自身の腕で「鼻」を作ることにも成功したらしい。新しく作られた鼻は匂いもわかるようになったとのこと。(真相は不明。)

 

このように、科学はどんどん進歩している。

ただ、残念ながら現在は限界がある。

先に話したTクリニックの院長も、あんなに若く元気そうに見えて、樹木希林と同じように体中をがんに侵されているそうである。

彼は自分自身を実験台にして、いろいろな治療法を試してやると息巻いている。そういうポジティブな生き方は羨ましい。

 

しかし将来は、iPS細胞による器官・組織移植により、ダメになった組織を次々に置換していくことで不老不死が実現する時代が来るかもしれない。

交換不可能だと考えられていた脳すらも、神経細胞を少しずつ移植することにより、基本人格を変えずに交換してしまうことも可能かもしれない。

まさに、美容整形のように。気に入らないなら交換していく。全てのパーツを。

 

将来、そうした時代になったとき、全員が死を運命づけられていた今の時代を、忌むべき原始時代だと感じるか、

それとも永遠に生きることの疲労感やもののあはれへの羨望から、自ら死を選ぶようになるか、

私にはわからない。

我々は死と隣り合わせに生きている

さて、前回のメルマガで、血圧が高くて死にそうだ(上170、下130)、という話をしたのだが、今回はその続きを。

 

節制生活を始めた。

毎日昼は、これまでのバイキングまがいの大食をやめ、納豆(タレをつけない)、もずく、わかめ、ヨーグルト、そして無塩野菜ジュースに代えた。

常識を超える量を食べていたスイーツ類も(やや)控えた。

血管が破裂して人間をやめねばならなくなることを考えれば、お安い御用。

夜は、健康志向の妻の手料理の後、せめてもの贅沢として、アイスクリームをほおばった。まあこれくらいの楽しみがなければ生きていけない。

 

そんな生活を続け、1週間くらい経った頃、健康管理のため定期的にしている血液検査を受けた。

医師は、これまでの私の検査記録(もう5年以上やっている)をパソコンで見つつ、ちょっと驚いた顔をした。

「何か特別なことをされたのですか。」

 

結果を見て驚いた。何と、コレステロールが激減しているではないか♪♪

いつもは悪玉コレステロール中性脂肪が並外れて高く、薬を飲んでいても正常値を軽くオーバーしていたのに、今回は、全てが正常範囲に入っている。

これまで何度も検査を受けたが、こんな値は見たことがなかった。

たった1週間節制しただけで・・・・何という効果だ。納豆か、もずくか、ヨーグルトか、それともお菓子を控えたせいか・・・・

 

・・・・しかし、その後も相変わらず血圧は高いままだった。

看護師さんから血圧手帳をもらい、毎日つけ続ける。でも、下がらない。

ある日珍しく、下の値が100近くまで下がったと思って安心すると、次の朝は軽く120を超えている。その繰り返し。

死刑執行人が来るのはいつになるかと、ちょっとノイローゼになった。

 

そんな時、かつて職場で一緒だった医師からこんなコメントがあった。

「・・・・手首での血圧はあくまでも簡易的な方法ですから、ちゃんと血圧を腕で左右ともに測ってもらいましょう。

職場の医務室とかでも血圧は測れるとおもいますし、今時ですと、公民館や区役所なんかにも血圧計は置いていますよ。・・・・」

 

そういえば、手首につけただけで簡単に血圧を測れるので、簡易型のものを愛用していた。よし、ものは試しに、別のやつで計ってやろう。

そして、父から貰った別の血圧計を使用した結果・・・・ややっ

上130、下90・・・・なんだ、ほぼ正常値ではないかっ!!

 

いやあ、お騒がせしてしまった。結局は機器の不調ということで。

御心配いただいた方、たいへん申し訳ないm(__)m。そのうちオオカミ少年になってしまう。

 

すっかり気をよくして、翌週からの出張で、朝のバイキングを初めとして、失った楽しみを取り返すべく、暴飲暴食をしてしまった。

その結果、また少し血圧が上がった。

そしてその後も、ちょっと油断すると下は100〜110になる。今日(11月12日深夜)測ったところ、105だった。

 

でも、今回の節制の習慣で、気づいたことがあった。

今までバイキングを太鼓腹になるまで食べていたのが、腹八分目で十分だと思うようになった。

醤油をドバドバつけた濃い味付けの料理を好んでいたのが、薄味で素材を生かした料理の方が美味しいと思えるようになった。

お菓子をストレスと眠気解消に食べ続けていたが、あまり食べなくても集中力が続くようになった。

 

ようっし、せめて昼だけでもこの節制習慣をある程度の割合で続けてやろう。

それが金銭的にも節約になり、退職後もあまりカネのかからぬ生活が送れる。

老後は必然的に節約しなければならないと思うが、それが健康維持にもつながれば一石二鳥だっ。

 

以下、教訓。

・我が身だけはずっと健康でいられるという思い込みは間違い。

・疾病の予防こそ最大の健康の秘訣だが、その大切さに真に気づくのは健康を失ってから。

・喉元過ぎれば熱さを忘れるだけでなく、食べる前も熱さに気づかぬ。熱さを思うのは喉元にある間のみ。

・他人の痛みに気づかない者は自分のことにも無頓着。自分のことも思いやれぬ者は他の痛みも思いやれぬ(かも)。

 

ヒトは皆、いつも死と隣り合わせに生きている。誰もが明日死んでもおかしくない。

そのことだけは自覚し、毎日毎日を充実して生きよう。私の場合は死ぬまで貪欲に新しい知識を求め続け、限界に挑戦する。そうして今は結構充実している。

実は受験老人はいつ死んでもおかしくない身体なのだ

血圧132・・・・。

これって、高いと思うだろうか?

まあ、少し高めだが、正常の範囲内だと思う人たちが多いだろう。

しかし、これは私の下の血圧である。上の方は170以上ある。

 

ある時人から血圧計をもらったのだが、ずっと家でほこりをかぶっていた。

数か月前、何かのついでに取り出して計ってみたところ、こんな値を記録した。

そして、気になってネットで高血圧について調べてみた。

すると、以下のような記載が・・・・

「下の値は、85以上で正常高血圧になる。90以上で軽症高血圧、100以上で中等症高血圧、そして110以上で重症高血圧。」

132って、それよりはるかに上じゃねえか。

・・・・すごく心配になった。

 

そして、翌日、また測った。昨日の値は何かの間違いに違いないと。

げええっ・・・・何と「135」になっていた。

ひたすら不安になり、さらにネットで調べた。すると、相談コーナーに、

「38歳だが血圧が上は200、下が130あります。やばいですか。」という質問が掲載されていた。

識者からの回答では、「血管がブチブチ切れ、脳出血心筋梗塞のリスクが高く、腎不全になり、40歳まで持たない可能性大」とのコメントが。

・・・・青くなった。私の場合、すぐに死ぬと言われているのと同じ。

 

私はコレステロール値が高く、300以上あったこともあった。それを何とか薬で抑えている。

その代わり、血圧は大丈夫だろうと、思いっきり醤油やドレッシングで濃い味付けをしていた。

バイキングが大好きで、バカバカ、味の濃いものを選んで食べている。そのせいか、体重もここ1年で4キロほど増えている。肥満体だ。

とみに、最近、勉強のストレスもあり、自宅ではむしゃむしゃお菓子を食べている。

 

しかし、今にも血管が切れる寸前とは。いつ切れるかと思うと生きた心地がしない。

不安からくるストレスが血圧上昇に拍車をかけるかと思うとさらに不安になる。負のスパイラルだ。

星飛雄馬の左腕ではないが、いつブチッという音が聞こえるか。その途端に自分は死ぬ(大げさか??)。

ひやひやしながら生きている。西城秀樹のようになりたくないっ!(彼が亡くなったのは悲しいが。)

 

そして、私が考えたこと。とにかく節制生活をしようっ!

 

次の日からの昼食。

スーパーで納豆、もずく、ヨーグルト、そして無塩野菜ジュース(これらを選んだのは特に理由はない。最低限の栄養)を買い込む。

それを職場に持ち込み、冷蔵庫をほぼ独占。

昼食時には冷蔵庫から取り出し、わかめを水で戻し、もずくと混ぜる。

(わかめを戻す時に部屋の外の水道を使うため、女性職員らが不思議そうに私を見るのがひどく気になるが、背に腹は代えられない。)

納豆はかき混ぜ、添付のからしと醤油を少しだけかけて、海藻類の中に入れる。

そしてぐちゃぐちゃにかき混ぜ、食べる。

そしてヨーグルトは砂糖無添加のものを食べる。・・・・まるで修行僧のようだ。

のんびりリッチな昼食をするのが職場での唯一の楽しみである私にとっては、拷問のようなものだった。

 

さてこの努力の結果はいかに。続きは次回。