大挫折と再起

さて、がん専門家会合から意気揚々と帰ってきた私は、自分を栄光へ導いてくれる、培養されているがん細胞を見た。

おや・・・・

その細胞のプレートを顕微鏡で見ると、表面にたくさん細かいゴミのようなものが浮かんでいた。

コンタミ(細菌やカビなどで汚染されること)だった。しかも、細胞を増やしたどのプレートを見ても。

このようなコンタミのあった細胞はもう使うことができない。

私の実験は見事に失敗に終わり、栄光から挫折へと転げ落ちた。

 

そしてその後、何度実験を繰り返しても、がん細胞のように増殖する細胞を検出することはできなかった。

しかも焦ってやったためか、カビをはやすことがしばしば起きた。

私の評判は地に落ちた。焦れば焦るほど、事態は悪くなる一方だった。

 

このままではらちが明かないため、私はがん遺伝子発見への取組みを継続しつつも、何か他に自分にできることはないかと考えた。

そして、いいことを思いついた。

私が大学で所属していた研究室では、がん細胞の正常細胞への分化の実験をしていた。

あるがん細胞に特殊な化学物質を加えることで正常な細胞に戻すというものである。

私はそれによって、がん遺伝子の発現状態(すなわちRNAの量)がどのように変わるか調べようとした。

まだその頃、DNAは調べてもRNAを調べる研究者はほとんどいなかった。私は前代未聞の実験を行おうとしたのだ。

すると、分化が起こることにより、なんとmycというがん遺伝子のRNA量が変化することが分かった。

分化前と分化後で、感光紙に写ったスポットは、明らかに量が変化していることを示していた。しかもその結果は、当時考えられていたmycの働きとも符合した。

 

私は、やったあ、と思った。

この結果は、先のがん細胞の培養実験と違って、コンタミにより台無しになることはない。

正直、この結果はNature誌やScience誌に掲載できるくらい、すごい結果だと確信した。

よし、今度こそ。私は不屈の精神でついに栄光への道をつかみ取ったのだ。